『アカリちゃんについて』。1/3



耳鳴りがしている。新宿の歌舞伎町は耳の奥の様に渦を巻いていて、私の耳鳴りは耳の外から鳴っているのか内側から鳴っているのかもう分からない。

『お兄さんお話しようよ』何歳だか分からないがたぶん高校生の女がそう言い、これも何歳だか分からない背の高い黒いマスクの男がニコニコとそれについていく。トー横に未成年が来るな、と思いながら、別にそれは正しくありたいとかじゃ全然なくて、私は自分が高校生だった頃の事を思い出すからイライラしているんだ。

ここを歩いていると自分の内側を歩いている様な気持ちになる。

急ぎ足だったせいで突然こけてしまった。何に引っかかったのかよく分からない。膝が擦りむけて久しぶりの痛みが体に走る。こけるってこんなに痛かったっけ? 20代の自分には10歳の頃の自分の体の感覚がわからない。立ちあがろうとして体が傾いた。ヒールが折れている。

もう嫌だった。地面を叩いた。声が漏れる。歯を食いしばる。

シンデレラ、と私は思う。心の中身が自分を笑っている。さっきまで夢を見るように男と会っていたのに、目を開けば汚い新宿の夜だ。キラキラと光る色んな電気の中で私は倒れている。誰か私の折れたヒールの踵を持って私を探して欲しい。周囲から性欲を持て余した男が心配みたいな感じで声をかけてくる。私はその全てに悪態をついて追い返し、ちょっとした路地裏に歩いていくと座り込んだ。

もう無理だった。泣けてきた。泣くともうだめだ。

次に付き合うなら飲みに行く時新宿に行かなくていい男にしよう。

私は男運が悪い。どうしてこんなに男運が悪いのだろうか?いい男を見極めようとして、それなりに条件に合った男と付き合ったつもりだ。多少顔が良くて、優しくて、太ってなくて、清潔感があって、あればお金があるのが良い。今回はしかも話の面白い男だった。いつも失敗する。何故か距離が離れていき、ウザがられる。そうじゃなきゃ浮気される。ちゃんと愛されない。まだ半年しか付き合っていない。

『お前さあ、優しさを見極める底が浅いんだよ』

耳鳴りがする。1人の元カレの言葉が頭の中に出てくる。少なくない量のアルコールが私を混乱させている。

『優しくするのなんか簡単なんだ。優しくした方が得するんだから。お前だって人に優しいだろ。でも、本当のところは見下したり馬鹿にしたりしてる。お前が優しいって思う人間はお前とそっくりだよ』

もう1年話をしていないが、なんて男だ。DVだ。早く別れられて良かった。物事をはっきり言うのがカッコ良いと思って付き合ったが、すぐに私の扱いが適当になってしまった。

でも思い出したせいでなんだか無性に会いたくなった。lineで連絡をとる。ついでに声をかけられる男に片っ端から声をかけた。

目を瞑る。

またしばらく遊ぼう。恋愛が面倒になってしまった。仕事もある。都合の良い男は良い。奴らはセックスをしたくて優しくするからだ。私は優しくされたい。甘やかされたい。自分の全てを受け入れてほしい。

セックスは良い。楽だ。求められているのは良い。楽しいし気持ち良いし、悪い事がない。

でも恋愛したくなるのはもっともっと優しくされたいしもっともっと甘えたいからだ。なのにそうならない。本当に甘やかしてもらえない。

ホストにでも行けって友達に言われたことがあるけれど、なんとなくホストはハマれなかった。好きなアイドルで推しもたまにできるが、推しが私に優しくしてくれる必要はない。だってお金を払えば優しくしてもらえるのは当たり前だし、私も以前は時々、お金を払わせて男とセックスをしたりした。そういう時は多少痛くても不快でも笑ったり許せたりする。でもお金が払えなくなった瞬間に許せなくなる。

足を引き摺りながらコンビニにいくと、クロックスもどきが売られていた。こんなものも売られてるんだな。ほっとしてそれを買って履く。他にも水やらハンカチやらを買って、とりあえず少し出ていた膝の血を拭き取った。

コンビニの外に出ると一息つく。大きく深呼吸した。

キャッチを禁止する街のアナウンスと雑踏の音、それから何だかよくわからない焼肉と香水を混ぜたような匂いが一斉にまた飛び込んでくる。男女のセットがたくさん歩いているのが目に入る。何をしにきているのか、この男と女たち。ばーか。

スマホを見ると何人かから連絡が来ている。確認するが、優先的にしなくて良い相手だなと思った。他に選択肢が無ければ誰かと遊ぼう。そう思ってぼんやりと立っていると、突然目の前で人が倒れ込んだ。

女の子だった。

「大丈夫!?」

私が慌てて声をかけると女の子は大丈夫ですと答える。爪が濃い青と金で星空のように塗られている。髪が長くて一瞬良い匂いがする。見上げた顔でなんとなくすぐにああ整形だなと思った。鼻だちが、なんというか、硬い。歳は私と同じくらいだろうか。

「あ……」

小さな声をあげる。女の子のスマホが目の前でバキバキに割れていた。

「電源つく?」

「あ、ついてます」

「私もさっきそこで転けて、ヒールが折れたの」

他人事に思えず、突然自分の話をした。

「だから今、クロックス。コンビニってクロックス売ってるんだね」

「あ、そうなんですか」

ちょっと怪しむみたいな顔に思わず笑ってしまった。そりゃ、そうだ。

——————————–

「へー、じゃあコンカフェなんだ。新宿で推しっていったらホストってわけじゃないんだね」

「かっこいいですよ。ホストより素って感じするし。ホストはなんかパキパキって感じで自分はちょっと」

「推し活いいな。っていうか恋愛は駄目だ!私もうやっぱりしばらく遊ぼうと思って。男なんて信用できないね結局」

「それはそうですよ。男は駄目です。遠くで憧れさせてくれるのが一番で、近寄って来たらあいつら性欲ですから。結局そういう感じですよ」

何かやな経験してるの、と聞きそうになって、こんな路上で聞くのもったいないなとふと思う。せっかくこんな変な、楽しい話をしているんだ。雑談もそれなりに弾んできていた。

「ね、飲みに行かない?その辺で。もうちょっと話そうよ」

「あ……」

突然気まずそうな顔になる。怪しまれちゃったかなと思ったら、女の子は言った。

「自分、未成年なんですけど大丈夫ですか」

「え?」

「17です」

へえ、と、思った。そうはとても見えなかった。わざわざそれを口にするなんて変にちゃんとした子だなぁ。私は全然かまわなかった。

「私もね、17の時から、ほっつき歩いて遊んでたよ」

苦い味が舌に触れる。でも呑み込んでしまえばそれは昔の話なんだ。……私はどうしてだか全く成長していないけど。ああ、まあそうかと妙に大人びた女の子を見て思う。私はまだ17歳のつもりなのに歳だけとってるから嫌なんだな。あの頃からもう時間がたってるなんて全然信じたくないし、大人になる準備なんて全然できていない。

タイトルとURLをコピーしました