『アカリちゃんについて』。2/3



17歳の頃から私はよく危ない時間に出歩いた。夜遅くにできるだけ明るい場所にいた。一人でいる時間はほとんどなかった。お金は変に持っていた。
私はその時、自分の体を大人の男たちに沢山売っていた。そしてそういう自分の事を無敵だと思っていた。自分はバカな大人たちからお金を取る強い女だ。お金だけ取ってやらせないのが理想なのだけど、それも案外難しいところでもあって、まあいいかと思ったら私はお金をもらってセックスをした。それだって楽しかった。

なぜそんな事を始めたのだろう?よく分からない。とても自然な事だったと思う。でも、それがやりやすい環境だったのはパパとママが私にほとんど興味を持たなかったからなんじゃないかなと思う。

ぼんやりとした記憶の中に、小さな私の事を叩こうとするパパと、何事か泣き叫んでいるママの姿がある。でもそれはどうやら夢で、実際の家はそれ以下だ。会話が無い。一緒に食事もとらない。私は何時に家に帰っても怒られなかった。どんな成績をとっても、何をしていても、何も言われなかった。褒められる事も無い。お小遣いもない。食事はどこかで買って来たものが出てくる。私は家にいると退屈と寂しさで死にそうになった。

私はパパとママが何の仕事をしているのかさえ知らなかった。パパは在宅で何かをしているみたいだったけど、仕事部屋に入ったことは無い。兄弟もいないから私は家にいたらひたすら退屈だった。狭く、散らかっているから友達を呼ぶこともできない。

別にそれで傷だらけになったわけじゃないんだ。でも私は代わりに外で友達と遊び続けた。東京で人と遊ぶためにはお金が必要だ。というか、お金があれば色んな遊びができる。お金が欲しかった。だから体を売る事にした。

私は元気な自転車操業だった。

バカな大人たちからお金を奪い始めてから半年ほどたって、私は補導された。私はやっていたことをあんまり隠さずに警察に話した。今思えば油断して話し過ぎた。学校にも親にも連絡が入った。色々な人から色々な話をされて、家でもママが急に私の話を真面目に聞いた。ほとんど自分の言葉を挟まず私の話を聞いたママは、そのあと静かに言った。

『私とあなたは血が繋がっていないの。』

嘘か本当かも分からない。話の流れも唐突だった。でもそれを言う為に真面目に話を聞いたのだということは分かった。それでママの態度も納得できた。じゃあ私はどこに生まれてきたどういう子どもなのだろう?知りたいとも思わなかったけど、私はふわりとそう思った。

男と寝ている時、私は寂しく無かった。お金も手に入るし、学校で授業を聞いているよりも面白い話を沢山聞ける。同じ様な事をしている女の子たちとの縁もできた。秘密を共有しているのは楽しくてうれしい。深夜の路上に友達と座り込んでいるのはとても幸せな時間だった。

でも自分が親ガチャに失敗してるんだな、という事に気が付くと、それは心の底から切実に必要なものになってきた。寂しいしつらいから。同じように親ガチャに失敗した子たちと仲良くなった。私たちはいつも不幸合戦をした。私はだんだん自暴自棄になった。ママから話を聞いてからは、自分をちゃんと不幸だと思うようになった。

ただ不幸合戦だと時々私は勝てなくなる。私の親は私の事を殴らない。私の事を否定しない。ただそこにいる気がしないだけだ。透明で柔らかな首絞め紐。もっとわかりやすく大変な子たちが街中には溢れていた。それでも自分が世界で一番不幸だと思ってしまって、それが私は死ぬほど寂しかった。

世界で一番不幸なのに世界で一番不幸である事を証明する方法がないから、私は手首をよく切った。不幸じゃないのに不幸なのはとても孤独だった。

手首の傷が消えなくなった頃、私は突然独り立ちしなければと思った。それで一人暮らしも始めたし、専門学校にも入った。気分は特攻隊だった。

私はペットのトリミングの専門学校に男のお金で入った。自分で選び、自分で稼いだ。それを自力で掴みとった。イケイケな気持ちだった。そしてやがて、突然、次は恋だと思った。

私の気持ちを全て受け止めてくれる様な男が現れてくれれば良いとずっと思っていた。私は絶対に寂しがり屋だった。この気持ちを受け止めてくれる相手がいれば、赤の他人に指を指される様な事はしなくても良い。悪い事をしている気持ちはあんまり無かったけど、悪いと言われる様な事をしているとは思っていた。

お金は欲しかったけど、多少は我慢できると思った。

それで当時の私はとても年上に感じた26歳の男と付き合った。でも上手くいかなかった。私は自分の手首をカッターで切って結婚を迫ったりした。そういう脅しの様な恋愛がうまくいかないという事はまあ、そうなんだろうな。私が20歳になる頃には、私の元カレの人数は二桁になり、私の経験人数はその6倍になった。

心の底から他人を信用しようとしちゃいけないんだ。

男であれ女であれ、一皮向けば中身は欲に満ちていて汚い。信用しすぎれば裏切られるし傷つく。それを早く学べたのはとても良い事だった。セックスの経験をそんなにしていない同い年の子たちがとても幼く見えた。

初めは『恋愛の期間』と『セックスの期間』みたいなのってそれなりに別れていたけど、やがて浮気も不倫ももうなんだかよく分からなくなったりした。人は生きていくためにうまくバランスを取らなくてはいけないのだ。だって裏切りや悲しい事はそこかしこに落ちているんだから。自分もそうなって生きるしかない。恋人の浮気や不倫に悲しんでいる人は、その嫉妬や悲しみを消すために別の人と会えばいいのに、と思った。

みんな、ろくなもんじゃないんだ。

「私もです。私も、男なんてろくなもんじゃないと思います。っていうか親も親だし、大人なんてバカみたいだし、みんなバカです」

そうだね、そうだね、と心の底から頷く。私はまだ17歳の気持ちを引きずっている。17歳の時は自分の事を17歳よりもずっと大人だと感じていて、今になってみると自分が周りの大人よりとてもとても大人になり切れていないのを感じている。

ふと、女の子の友達の事が頭に思い浮かぶ。よーこちゃん。よーこちゃんならこの子になんて言っただろう?きっと励ましたり、バカじゃない人もいるよとか言うんじゃないかな。大人の顔して。

よーこちゃんは私より1歳年上の私の友達で、頭が良くてかわいくて、時々よくわかった顔で頷いて人の話を聞く。でも自分の話はあんまりしない。そういうよくわかった顔をしている時みんなはしゃべっていて、私はしゃべっていて、沢山しゃべっていて、それなのによーこちゃんはしゃべらない。私はそれが嫌だった。よーこちゃんだけ大人になってるって感じがして。

私はずっと騒いでいる。ずっと話し相手が欲しい。

そういう寂しい自分が嫌になる。よーこちゃんがうらやましくなる。でも相手が喋ってくれないと腹が立つ。一人だと腹が立つ。私はまた一杯お酒を飲んで、目の前の17歳の女の子にも飲みなよと勧める。名前はマキちゃんというらしい。マキちゃんは大人の仲間入りをする気持ちで嬉しくなって、私の勧めにそのままのってお酒を飲んでしまう。

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