『アカリちゃんについて』。3/3



ふと私が酔いから覚めると、私とマキちゃんはラブホテルの一室にいる。それからよくわからない男が2人同じ部屋にいて、みんな服を脱いでいる。
私はジョーレー、というような事を呟き、マキちゃんは大丈夫ですと答える。もう日付超えましたよね、私今日誕生日なんです、今日18歳なんですと私の耳元に囁く。

男が私の上にのしかかる。気分が悪くて押し除けようとする。ニヤニヤした笑みで男は私を押さえつける。よく見た笑み。気持ちいいんだろう、と男が言っている。私は諦める。まあいいか。

ねえマキちゃん、と私が言う。なんですか?マキちゃんは男が嫌いなんじゃないの。嫌いですよ。女の子が好きです。なのにセックスするの?こんなのバイブと一緒ですよ。

なんだよ、俺バイブかよと言ってマキちゃんとセックスをしている男が大きく腰を振る。

マキちゃんが、ねえアカリさん、と呟く。アカリさん、私絶対喘がないんです。お金もらってなかったら絶対喘がない。だって嘘じゃないですか。どうして男を気持ちよくするために喘がないといけないんですか?

じゃあセックスなんてしなければいいのに。

口に出したつもりも無かったのにマキちゃんから返事が帰って来る。

「でも、できた方が絶対得ですよ。だってアカリさんにも会えたし」

マキちゃんが私にキスをする。私はボロボロ泣いている。私はなんてことをしてしまっているんだろう。私はバカだ。でもこんな気持ち大して続かないのもわかっている。どうせ明日には気分の悪さをなんとかするために男に会ってガバガバお酒を飲んで、そうすればハッピーなのだ。それだけがハッピーになる手段なのだ。

目の前の男も、マキちゃんにも、気持ちを入れ込んじゃいけない。良い気持ちも嫌な気持ちも適当に溶かすのだ。全部全部溶かしてしまえ。

セックスに集中する。体を動かす。頭の奥までラブホテルのあのタバコを香水でごまかした様な匂いが突き抜ける。気持ちいい?本当に、気持ちだけが良い。体はなんだかもうわからないんだ。手首を切る代わりにセックスをする。そのつもりになれば私は手首なんか切らなくてもセックスだけしていられる。

突然に気がついたのだけれど、記憶の中に残っていた私を殴るパパは今のパパじゃない。
でもママは今のママだ。
記憶違いだろうか?
私は、パパと血が繋がっていなくてママと血が繋がっているんじゃないのか。
急にそう思えてきた。
だとしたらママは嘘をついたのだ。嘘をついてまで縁を切りたかったのだ。
なんて私は可哀想なんだろう。
どうして?
何か悪い事でもしただろうか?

「ごめんねえ、マキちゃん」

私が呟く。マキちゃんには聞こえていない。私はフラフラと立ち上がると、近くの缶チューハイをぐっと飲んだ。思ったより中身が入っていたけれど勢いで飲み干す。マキちゃんの星空の爪が光り、私は夜を泳ぐ。

は、と。

目を開けると硬い地面に倒れていた。急に景色が変わっている。灰色だ。黒とほんのわずかに白。
顔を上げるとコンビニの横顔が見えた。光景を読み取るのにしばらく時間がかかったが、靴を買いに立ち寄ったコンビニでみたいに見えた。ここはあの時の路地裏だ。

さっきまでのは夢だったのだろうか。
急に背中をさする手を感じた。痛む体をそちらに向ける。
さっきラブホテルにいた男がそこにいた。

「分かるよ」

「……何?」

わけがわからなくて混乱する。

「あのさ、俺もなんだよ。俺家に父親がいなくてさ、母親とずっと仲悪くてさ。だからわかるよ」

何の話?
なんのって……アカリの家族の話だよ。
私が家族の話をしたの?
そうだよ。
一体何をいっているんだ?
寂しいよ、やっぱり。俺たちみたいな人間は助け合わなきゃいかんよ。

何か男は感じ入っているようだ。意味がわからなかった。でも私は泣けてきた。そうだよねそうだよね、と思えてきた。

「そうだよね!私って不幸だよね。私たちすごい頑張って生きないといけないよね」

「うん、うん」

「そうだよね!なんでこんなことになるんだろう?何も悪い事なんてしてないのに、どうしてみんな分かってくれないんだろう?」

「うん、うん」

「こんなことはおかしいよ」

「俺も絶対にそうだと思うよ」

「何かがとても間違っているよ。……ねえ、マキちゃんは?」

「え?」

 男が難しい顔をする。考え込む顔。でもきっと酔ってたんだろう、気の抜けた変な顔をして言った。

「アカリが通報したじゃん」

「え?」

「だって、だから……あの子が16歳だって言うからさ」

 え?と私は思う。

「違うんだよ、だからさ、あの子が16歳だって言って、しかも家出してて2週間家に帰って無いって言ってさ。学校も行きたくないからやめようと思うし警察なんか案外見つからないんだねとか言って。俺らも困ってさ、ほら、俺の連れはその時すぐ帰って、俺はマキちゃんとはなんもしてなくてあれだけど、とにかくアカリがマキちゃんに怒りだして」

怒り出した?私が怒りだすはずない。何に怒ってたの?自分の事を棚にあげてさ。

「いやだから、分かんないよ。とにかく怒ってたんだよ。でマキちゃんが最初は困ってたけど怒り出して、それで結局泣き出してトイレに篭って、アカリが通報して警察が来る前にって抜け出して来て、それでコンビニで一杯買うって言ってここに座り込んで、色々話してくれたんじゃないか」

「……」

「どうしたんだよ?」

私はどうしていつもこうなんだろう。
どうしていつもこうなってしまうんだろう?
私にも大事なものはある。それは本当に大事なものが幾つかあるんだ。それなのに私はそれをうまく手に取ることもできない。このままじゃ私は誰にも分かってもらえない。私が寂しくて寂しくて、でもそれは男とセックスして埋まるものじゃなくてそれでも寂しい何かがそこにあって、それで私は男とセックスするんだけど、私はただそこにいて欲しいだけじゃなくてセックスしたいだけでもなくて、本当に心の底から私の寂しさを分かってもらいたくて、でもそれなのに誰も分かってくれない。そして私は自暴自棄になって、私にとって大切なものをまた壊してしまう。

マキちゃんは通報されたくなかった。私はマキちゃんの事を分かってあげたかった。マキちゃんは逃げられただろうか?でも私はマキちゃんに嫉妬していた。私はきっとめちゃくちゃな理由で怒った。

マキちゃんのその無敵さが、酒の勢いでカンに触った。私はもう代わって欲しかった。

ママ。あなたがもし私のこういう無茶苦茶さのせいで私を好きになれなかったんだとして、それは私のせいなの?あなたが私をちゃんと育てなかったから、ちゃんと愛してくれなかったからこうなったんじゃないの?

ねえこの呪いを壊すために誰か王子様、私の目の前に現れてよ。私の何もかもを分かって、私の事を助けてよ。

目の前の男を見る。

こいつは私の王子様になってくれるんだろうか?

目を瞑った。耳鳴りがした。新宿は良い。ずっと明るくて、物音がして、私以外にも路上でゲロを吐いている人がいる。私一人じゃない。私みたいな人たちがたくさんいる。それでイライラするけれど、その中にいないと呼吸ができない感じがする。ゆっくりと空が白み始めている。男が私の手に自分の手を絡める。

私は立ち上がる。ここは私の耳の奥。私にだけわかる助けての言葉を聞きながら、それを無視して私はコンビニにウコンを買いに歩く。ふらふらの足取りがふらふらの男の手に支えられる。

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