雨が嫌いだったので雨の日にセックスをする

 その頃は雨が何日も続いていて、毎日外へ出るたびに体力を消耗していた。記録的な大雨、という話は聞かなかったが、音のしないような薄い雨も降ればコンクリートを叩いて伸ばす様な雨も降った。とにかく雨、という印象の時期だった。

 そういう時は人に会う気力がなくなる。雨が苦手だったのだ。友達の誘いも急ぎでなければ先延ばしにした。雨が止んでから会いたかった。足が濡れているとどこかのパンのヒーローみたいにふにゃふにゃになる。負けてしまう。

 しかし、そうこうしていると家に一人でいる時間が長くなる。頭の中が湿っぽくなっているとろくな事が考えられない。解決策をふと思いついて、この機会に人を自分の家へ招待する事にした。

 何、自分が招待をすれば濡れないのだ。

 勿論、友達だけを濡らしておくつもりもなかった。友達が雨に降られて家にやってくると、私は新しい靴下を下ろして渡し、断って靴をドライヤーで乾かした。シャワーも勧めた。接待をしたのである。まあ変な話なので、それを許してくれそうな人だけ招いた。雨の日に人を招くと、それだけで妙なイベント感があった。

 イベントは何度か開催された。

 数名を招く、というのが基本だったのだが、ある日友人の谷口君を一人だけ家に誘った。大雨の日だった。
 谷口君はうちのシャワーを浴び、新しい靴下を履いた。ズボンも随分濡れていたので、脱いでもらって私がハンガーに吊った。私の持っているズボンで谷口君にサイズが合うものが無かったので、私は谷口君に丈の長いスカートを渡した。谷口君は少し抵抗していたけど、結局そのスカートを履いた。谷口君は私がスマホで撮影した谷口君の姿の写真を、ウィットにとんだ言葉と共にtwitterに上げた。

 それから私と谷口君は事前に話をしていた映画を見た。湿っぽいラブロマンスの映画で、以前見たテレビドラマの続編だった。途中、谷口君が持って来てくれたパウンドケーキを食べた。私はコーヒーを入れた。映画は単純なストーリーで筋や話はイマイチだったけど、ゆっくりとしたテンポと曲の少ない映画は、外から聞こえる雨の音が相まって良い雰囲気だった。谷口君は私よりさらに楽しめたみたいだった。映画を見終わると谷口君と私は感想を言い合った。

 感想戦をしていると、雨脚が強まって来た。谷口君が何かを私に言った。

「……」
「何か言った?」
「雨でも窓を開けてるの?」
「家にいる時はいつも開いてるよ」
「風も強いし、ちょっと怖い音がしない?」
「そうかな」
「天気荒れてるよ」

 私は座椅子に座っている谷口君と座椅子の背もたれの間に体をねじ込むと、谷口君を後ろから抱きしめた。私は「こわくないよ~」と言った。谷口君は少し驚いたあと、手を頭の上から後ろに伸ばして私の頭に軽く触れた。私たちは少しだけ感想戦の続きをした。

 私は谷口君のシャツの隙間からお腹に触れた。谷口君のお腹は少し筋肉質で張り詰めていた。谷口君はバトミントンをする人だった。私はしばらくそのお腹を撫でて、それからスカートを少しだけたくし上げて谷口君の膝を触った。

 谷口君が私に窓を閉めようと言った。私はどうして、と言った。

「音が大きくて集中できないよ」
「集中?集中って?」
「いや、だから……」

 谷口君が少し居心地悪そうであることが私は少しだけ可愛く感じたのだ。

 私は谷口君の首元にキスをして、谷口君の鎖骨に触れた。谷口君は初め、少し抵抗したり自分も私に触れようとしていたけれど、すぐ後ろでぴったりくっついているので中々難しいみたいだった。谷口君は私が今日はこういう風だと分かると、途中であきらめて体の力を抜いた。

 私は谷口君の服を脱がしていった。面白かったのでスカートはそのままにした。それから体をぺたぺた沢山触った。雨音が大きく響いていた。体が巨大な聴診器になった様な感じがした。

 私と谷口君はそれからしばらくして、二人でベッドへ行った。谷口君は私をベッドで押し倒した。谷口君は私を抱きしめると、やっとできるというようにキスをした。谷口君は私の肩に触れ、背中に触れ、お尻に触れた。私は谷口君をまたひっくりかえして、谷口君の上に乗っかった。それからそのまま服を脱いでいった。谷口君は私の胸に触れ、お腹に触れた。私たちはまたキスをした。

 私は谷口君のスカートをたくし上げた。谷口君が笑った。「スカートが汚れちゃうよ」

「別に大丈夫だよ、安いやつだし」
「脱いじゃだめ?」
「いいけど……脱ぎたい?」
「脱ぎたいよ。何か変な感じだし」
「変な感じって、どんな感じ?」
「なんかスースーする」
「脱いでもスースーするじゃん」
「いや、なんか興奮していいのか分かんなくなるんだよ」
「その変な感じがなんか楽しいんだよね」
「え、なんで」
「この雨が降ってるので谷口君が戸惑ってるのも楽しい」
「……S?」
「ううん。でもぐらぐら揺らぐのが好きなの」

 谷口君はさらに私に言葉の意味を聞こうとしていたけれど、その口を私は自分の口でふさいだ。私たちはそれからセックスをした。

 谷口君は私の上に乗っかって自分のペースを作ろうとしたけれど、私は谷口君がうまく調子に乗るのをあの手この手で何度も止めた。雨音が聞こえていた。私たちは表情を変えながらセックスをした。

 役割が崩れるのは楽しい。特に人がうまく一緒に巻き込まれてくれるとそう思う。だからセックスにはタイミングが大事なんだ。だって日常にはなってほしくない。谷口君は私の恋人ではない。なおの事、何かを起こしたくなる。

 雨が長い事降って良かったかもしれない。
 谷口君も、きっと最後には雨音が気にならなくなったと思う。

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